便利さと時間

いつでもどこでも誰かと繋がっていられる時代になった。
気になったことがあったらすぐその人に言えるし、対面せずともその人の『いま』を知ることができる。
最近贈り物をする際に手紙を添えて、手紙をしばらく書いていなかったことに気づいた。
離れた友達と連絡を取ったり近況を話したりするのも、昔は便箋を何枚も使って時間をかけてやり取りしていたのに、今は逐一その場で報告してしまう。
そのせいか、後でじっくりと振り返って思い出す時間が以前よりも減ったような気がしてならない。
手紙を書くときは必ず「思い出す」という思考が目一杯働いた。
その時の自分の心境を思い出し、持ってる限りの語彙を駆使して伝えていた。
一方、今はリアルタイムで事実を伝えられるので、その勢いや空気感に甘えて「伝える努力」を怠っているような気がする。
事実、なにかに関して「語る」機会は減っている。
ただ気持ちを垂れ流すのではなく、論理構成をじっくり練り考えながら長い文章を書いて誰かに伝えているような若者に、残念ながらあまり会わない。
ネットスラングを始めとする流行り言葉だけで構成される中身のない会話を聞くと、無性にかなしくなってくる。
「いま」という時間はそんなに大切な時間なのだろうか?時間の流れに敏感に合わせることはどこか、自分の弱さを露呈する行為のように思えてならない。